Kisskiss


「こんぜーんvvv」
 扉が壊れんばかりの勢いで開く。
 入ってきた人物はボールを拾ってきた忠犬よろしく、無いハズのしっぽを振りながら飼い主の元に駆け寄る。
 と、常ならば執務中の金蝉が顔を上げるまで、机の回りで大人しく待っているのだが。
 それは一瞬の出来事だった。
 飛び込んできた時の勢いそのままに、悟空が机の上にダイブしてきた。
 まさに書類を蹴散らしてのスライディング。
 そして滑り込みで、金蝉の顔面にトライした。

ゴチ。

 鈍い音がした。
 突然の出来事に、二人とも顔を見合わせて固まる。
 部屋には机から散乱した書類が舞い散っている。
 そして、おでこが奏でた音と共に、激しい痛みが襲ってきた。
 ついでに鼻もひりひり痛い。
 目の前に迫る巨大な黄金色の瞳と。
 ぷにっとした柔らかい唇の感触・・・。
「痛えーーーー!!!!!」
「どうしました!?金蝉童子様!!」
「うるせえ!!何でもねえ!!!」
「はっ!失礼しました!!」
 叫び声で駆け込んできた近衛兵を一喝で送り返し、額と鼻を押さえて机に突っ伏す。
 痛みの原因となった子猿は、ちょっと赤くなった鼻をこする程度だった。
「金蝉、大丈夫??」
「・・・大丈夫に見えるか・・・」
 鼻はともかく額が痛い。
 それもそのハズ。悟空の額には輝く立派な、とても丈夫で堅い金鈷が付けられているのだから。
「てめえ・・・何のつもりだ!?」
 ようやく少し回復した所で、相変わらず机の上に鎮座する悟空を睨み付ける。
 その悟空の下には、無惨にも踏みつけられて使い物にならなくなった書類達が。
 かろうじて踏まれなかった物も、スライディングの時にかやした墨で大半がやられている始末。
 幸か不幸か、床に舞い落ちた物だけが、綺麗なままだった。
「何って、キス」
 けろりと笑顔で答える。
「は!?何だと?」
「金蝉キス知らないのか?キスってのは・・」
「意味じゃねえよ!!!」
 金蝉は怒鳴り付けてからはたと気付く。
「・・・キス・・・だと?」
 一瞬の出来事を思い出す。
 痛みに気を取られて気付くのが遅れたが、確かに唇が触れ合っていた。
 目的はそこだったのかと気付き、金蝉は痛い額が更に痛くなった。
「そんなもん、誰から教わったんだ・・・?」
 答えは明白。
「天ちゃん!!」
 予想通りの答えに、がっくりと肩を落とす金蝉だった。



 話は少し前にさかのぼる。

 本日の悟空のご予定は、天ちゃん事、天蓬元帥の私室のお片づけでした。
 お片づけ、と言うからには、世話好きの暴れん坊将軍が来ないハズはありません。
 そんな訳で朝も早よから3人で、3人掛かりでもままならないお部屋の片づけに勤しんでおりました。
 元々本しか無い部屋ですから、どんなに散らかっていてもたかがしれているハズなのですが。
 それでも蔵書の量が半端で無かった為、ある程度元の位置に本を戻し終える頃には、窓の外の太陽がオレンジ色に輝いていました。
「ふう・・・やっと終わったな」と、捲簾大将。
「おなかすいたー」と、悟空。
「この部屋こんなに広かったんですねえ」と、天蓬が。
 そして、
「ちょっと待ってて下さいね」
と言って部屋を出て、すぐに何かを持って帰って来ました。
「はい悟空。これはお礼です」
 美味しそうな香りと湯気。
「やった〜♪俺すっげえハラ減ってたんだーvvv」
 渡された大量の肉まんを次々とたいらげて行きます。思えばよくこの時間まで耐え抜いたものだと、悟空は自分で感心してしまいます。(それほど部屋の惨状が凄まじかったのでしょうか?)
「天蓬。俺には何かご褒美無いの?」
 瞬く間に無くなっていく肉まんを横目に、捲簾大将が聞くと、
「おや?肉まんが欲しかったんですか?」
「いや・・肉まんにこだわってる訳じゃねえけど」
 せめて人として感謝の言葉の一つも掛けて欲しい・・・。
 決して大それた望みでは無いのですが、常識的な捲簾大将は、ついそんな事を考えてしまいました。
「じゃあ・・・」
と言って、天蓬は捲簾の襟をわし掴むと、

ぢゅv

と色気の欠片もない音を立てて、唇にキスしたのでした。
「・・・・・・・。」
「はいvお釣りが出てもおかしくない位、上等なごほーびでしょ」
「そりゃどーも・・・」
 捲簾大将は口の端を引きつらせながら、笑いました。
 その二人をじっと見つめていた大きな目がありました。
 ただでさえ大きな瞳を、さらに大きくまん丸にして、二人を不思議そうに見ています。口はもぐもぐ動かしていたので、どうやら喋れないようです。
 ごくん、と飲み込むと、喉まで来ていた言葉をようやく口に出来ました。
「なあなあ。今の何???」
 悟空がキラキラした目で聞いてきます。
 聞かれた二人は顔を見合わせました。
(そんな事も知らないのか?)とか、
(まあ保護者があれじゃ仕方ないか)とか、
(こういう事を保護者に黙って教えても良いべきだろうか?)とか、
思う所は色々ありましたが、
(面白そうじゃないですか)と言う考えに纏まった人がいました。
「これはキスと言って、親しい人同士でする好意の印みたいなものです」
「親しい・・?こういって???」
「繋がりの深い相手とか、とても大好きな人に、自分はこんなにも貴方の事が好きだぞって、態度で伝える為のものですよ」
「ふーん。じゃあ天ちゃんはケン兄ちゃんの事好きなんだ!」
「ええ!大好きですよ!!」
 なんだかわざとらしい程の笑顔で天蓬が答えます。
「家族とか、友達とかにはほっぺたにしたりするんですが・・・
大切大好きな相手には、口にしたりするんですよ♪」
 所々を強調しながら語る天蓬の後ろでは、捲簾が赤い顔・・・ならぬ、青い顔をしていました。
「ねえ、天ちゃん・・・俺、金蝉にしてもらった事ない・・・。金蝉は俺の事きらいなのかな?」
「それは照れてるだけなんですよ!ねえ、捲簾?」
 無言で捲簾は必死に頷きます。
 よく見ると捲簾の足の上に天蓬の足が乗っているような気がしますが、そんな事は二人の顔を見上げて喋っている悟空は気付きません。
「世の中には、照れくさくてキスが出来ない人もいるんですよ・・・可哀想ですね・・・」
 なんだか演技臭い、悲痛な声で語ります。
「でも、悟空は金蝉の事が大好きですよね?」
「うん!!俺、金蝉大好き!!一番好き!!あ、天ちゃんもケン兄ちゃんも大好き!!」
「ありがとうございますv僕も悟空が大好きですよv」
「俺もだぜv」
 言うと同時に、二人は悟空の左右のほっぺたに、

チュv

と触れるだけのキスをしました。
「えへへ・・・v」
「金蝉は恥ずかしがりやさんだから、自分の気持ちを素直に伝えられないだけなんですよ。だから、貴方から金蝉に伝えてあげて下さい。貴方の素直さで、金蝉を救ってあげるんです。・・・わかりますね?」
 ふわりと、天蓬流の微笑みが炸裂します。
「うん、わかった!!またね!!天ちゃん、ケン兄ちゃんvvv」
「悟空!口にキス出来るのは、一番大好きな人一人だけですからね!」
「わかったー!!」
 キラキラの笑顔で走り去る悟空を、二人は応援しながら見送りました。
 後に残った二人の、一人の眼鏡が妙に煌めいていた事と、もう一人の乾いた笑い声を、悟空が知る事は無かったのでした。

以上、回想(一部加筆有り)終了。




 だんだんと痛みが収まってきた額をさすりながら、悟空の言葉に変換され、かなり内容を削られた話を、金蝉は黙って聞いていた。
「俺、金蝉の事好きだから、一番大好きだから。金蝉の口にキスしたかったんだv」
 それは最も大切で、大好きな印。
 真っ直ぐ自分に向けられる瞳に耐えられず、金蝉は思わず目を反らした。
 いつもは自分が見下ろす方なのに、机の上に乗っている悟空に、ずっと見下ろされているのもなんだか癪に触って。
「チッ・・・気色悪ぃ事してんじゃねえよ・・・」
 途端に悟空の瞳から、大きな滴が流れ出す。
 ぽろりと零れた水滴に、なぜだか衝撃を受けた金蝉は、止めどなく溢れるその泉に目を奪われ、呆然と悟空を見つめていた。
「金蝉・・・やっぱり俺の事・・・きらいなんだ・・・」
 ちがう。
 心の中で静かに否定する。
 きらいでなど、あるハズがない。
 だったらとっくに、ダンボールにでも詰めて捨てている。
 触れあった唇の感触。
 ちっとも気色悪くなんて、無かった・・・。
 泣きはらす瞳を、水面に映る満月のようだと、そんな事を考える。
 美しくて、切なくて。
 似合わない。
 手を伸ばしてくしゃりと前髪を掻き上げてやると、少し落ち着いたのか大きな滴は零れなくなった。
「おい、悟空」
「ひっ・・く・・・何・・?」
「あやまれ」
 これ以上怯えさせないように、極力穏やかな声で言う。
「うん・・・ごめ・・なさい・・・」
「俺も悪かった。済まなかったな・・・」
 見た目よりもずっと柔らかい、茶色の毛をなでてやる。
「お前も俺も悪かった。どっちも謝ったからこれでおあいこだ。だから、泣き止め」
 金蝉は両手で悟空の頬を挟み込むと、親指で涙の後を拭った。
「何で・・・金蝉があやまるの?だって俺が金蝉に嫌な事しちゃったのに・・・」
 向けられる瞳を今度はしっかりと受け止める。
 自分の何も考えずに漏らした一言で、こんなに傷つくとは思わなくて。
「俺がお前にあやまらせたのは・・・いきなりあんな事をしたからだ・・・」
「え・・・?」
「誰だって突然あんな事されたら驚くだろ?それに、ああいう事はいきなりするモンじゃねえよ。ほっぺたとかならともかく、・・口とかはな。分かったか?」
「うん・・・」
「それから、俺があやまったのは・・・お前に嘘を吐いたからだ」
「嘘?」
 短い会話のどこにそんなものがあったのだろう、と悟空は考える。
「別に気持ち悪く無かった。驚いたけどな・・・」
 少し考えてから、その答えがキスに対するものだと気付き、悟空は嬉しくて嬉しくて、泣きながら笑った。
 さっきまで泣いてた猿がもう笑ってやがる。
 そう思いつつも、たった一言の自分の言葉に、一喜一憂する悟空の態度に、喜びを隠せない自分がいた。
「えへへvvvじゃあ今度からは、ちやんと言ってからする!!」
「は!?」
「突然したらダメなんだろ?だから、ちゃんと言ってからする♪」
 怖かった。
 真っ直ぐに向けられる好意が、あまりにも心地よくて。
 自分の何処にこの瞳をうけられるほどの魅力があるのか。
 これ以上魅せられたら。これ以上呑み込まれたら。
 いつかこの瞳が自分以外に向けられた時の事を考えたら、怖くて。
 それでも笑顔を望んでしまったのは、他ならぬ自分だから。
「金蝉vキスしていい???」
「ふっ・・・ふざけんなーーー!!!
 絶叫が響いた。


END.




肉まんを登場させないと気が済まないようです。さすがにちゅーごときで裏行きは無かろう、って事で、金蝉ホモ(死)だけど表にアップです。いや、心理的にね。ちびにメロってんじゃねえよ、犯罪だろ、クソ惨めな感情抱いてんじゃねー、って所が。
今回ももちろん自分でお題をつける私。当然お題は「93でキス」・・・・そう、この話、最初は悟空×三蔵でしたー!!でも悟空の最初は金蝉だろ、でこんな話に。相変わらず悟空受けの人にも優しい小説でたまらんです。そんなつもりは毛頭ありませんが(力強く宣言)
金蝉優しいよー。三蔵じゃこんな穏やかな話になりません!でも子猿ちゃんの感情が曖昧なので93よりラブ度は低いと思ってるんですが。金蝉は変態度高いけど(撲殺)
ちなみに実は続きっつーかおまけがあったのに削りました。おまけは93だったので、そのうち書きたくなったら書きます(確率10%<低!)




ブラウザの戻るでお帰り下さい。

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送