KissLife



 草木も眠る丑三つ時。
 もそりと布団から出る、月明かりに浮かぶ瞳は金。
 そうっと音を立てないように、気配を押し殺して動き出す。
 目的地は決して広くない部屋の中央に座する寝台。
 A地点まで到達したら、息をひそめて覗き込む。
 じっと耳を澄ますと、聞こえる規則的な寝息。
 落ち着いて。落ち着いて。
 そっと触れるだけの口付け。
 慌てずゆっくりと離す。
 胸に響く振動が、聞こえそうな程だけど。急いではいけない。
 もう一度、覗き込む。
 相変わらずの吐息に胸を撫で下ろし、来たときと同じ静けさで、まだぬくもりの残る布団に帰っていった。



 もう何度、こうしただろう?
 あれは何時だったか。
 ふと目覚めたら、満月の晩。
 三蔵に連れてこられてからは、起床時間もなるべく彼に合わせる事が義務づけられていたから、こうして夜中に目が覚める事は無かった。
 あそこにいた頃は、時間なんて無かったから、夜に起きている事も珍しくは無かった。
 だから、目覚めて驚いた。
 月明かりが明るくて、部屋中を照らし出してはいたけれど。
 一瞬。まだあそこにいるのかと思った。
 初めて夜を恐怖する。
 思わず、三蔵の眠る寝台に近づいていた。
 その存在を確かなものにする為に。
 起こしてしまわないように、そっと顔を覗き込む。
 そして、恐怖とは違う感情が、小さな身体を支配した。
 
 月明かりに浮かぶ、石のような冷たい肌。
 いつも眉間に皺を寄せた、不機嫌そうな顔しか見せてくれなかったのに、表情が無い筈の寝顔は、こんなにも穏やかで、幼くて。
 幼い、などと言ったら、三蔵に怒られるかもしれない。
 でも、起きている時の彼は、実際の年齢よりもずっと大人びた台詞を吐いて、回りの大人達を制しているのだ。
 だからこれで丁度良いのかもしれない。
 昼と夜。まったく違う顔でバランスを取っているのだろうと、そんな風に考えた。
 青白い肌にそっと触れる。
 太陽の下にあっても白いその肌は、月明かりでなお白く、死人のような顔色で悟空を不安にさせた。
 触れた指先がひやりとして、今度は自分の頬で確かめる。
 伝わる暖かさに安堵し、無意識に真横にある唇に触れた。
 唇と唇を重ね合う。
 頬とは違う、妙にたるい生暖かさが気持ち良い。
 三蔵の人形の様な見た目からは想像もつかない、ふっくらと柔らかいその感触をもっと楽しみたくて。
 唇を、ほんの少しだけ強く押しつけた。
「う・・・ん・・・・・」
 どきりとして、顔を少し離す。
 起こしてしまっただろうか?
 いや、それよりも。
 自分は何故、唇に触れたのか。
 
 ドクドクと、関を切ったように心臓の鼓動が溢れ出す。
 まるで凍り付いたように自分の身体が動かない。
 目の前の身体は小さな寝返りを打っただけだった。
 逸る振動を押さえ込み、慎重にそこから身を離す。
 驚かせてはいけない。それは良くない事だと、身体が覚えていた。
 キス。
 確かそんな名前の行為。
 大好きな人に、「好き」を行動で伝える事が出来る。
 いつかそんな話を、聞いた覚えがあった。
 相変わらず、静かに眠る愛しい人。
 おでこにも、まぶたにも。
 ついばむようなキスをすると、くすぐったいのか少しだけ眉を寄せた。
「・・・・おやすみ、さんぞ・・・・」
 おやすみ。大好きな三蔵。
 言葉で伝える「好き」も、心で伝える「好き」も、ありったけ伝えても足りないくらい、大好きな人。
 キスを思い出したから。
 これからは、キスでも「好き」を伝えられる。
 もう一度、軽く唇に口付けて、部屋の隅の布団に潜り込む。
 
 好き。大好き。一番大好き。
 もっともっと。「好き」を伝える方法が知りたい。
 大好きなあの人には、いくら伝えても足りないから。
 微睡みの中、天上に浮かぶ満月を眺める。
 今は、優しくすべてを照らし出す、この明かりが嬉しかった。



 部屋の片隅から規則正しい寝息が聞こえてくると、寝台で寝ていた筈の三蔵がぱちりと目を開ける。
 また今日も、起きるタイミングを逃してしまった。
 初めてキスをされた時、あまりの驚きに狸寝入りをしてしまった。
 それ以来、どうしても起きてくるタイミングが掴めないのだ。
 悟空はあれで気配を殺しているつもりなのだろうが、必要以上に人の気配に敏感な三蔵が、悟空の気配に気付かないわけがない。
 まして、寝ている時はともかく。
 キスをされる前。キスをされている時。キスをされた後。
 こんな時は煩いくらいストレートに、心の声が入ってくる。
「・・・・・っるせぇんだよ・・・・」
 好き。大好き。一番好き。
 いつかこの言葉で、心の容量を埋め尽くされてしまう程。
 自分の心の容量が狭い事など、十分過ぎるほど分かっている。
 ならば心の全てを埋め尽くされる前に、消去してしまえばいい。

 今度こそ、張り倒してやる。
 今までの事は気付かなかった振りをして。
 ゆっくり目を閉じると、自分の鼓動が煩いくらいに聞こえてくる。
 なんだか無性に腹が立った。




END.


KissKiss番外編です。でもKissKissのコメントに書いた続きではありません。あれとはまったく別の続き。お風呂に入ってたら突然思い付いたので書いてみました。
悟空が三蔵に拾われた初期の頃の話でしょうね・・・。だから三蔵もまだ若い。 悟空よ・・・あんたってば小さい頃から何やってんのよ・・・三蔵も何黙ってされてんのよ・・・。
本当は裏にアップしたかったですが、ま、これくらいなので表にアップです。今回は小猿がホモですな(ホモ言うな)
後先考えずに書くと、最後がまとまらなくなると言う、典型的見本ですね。



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