いつかサンタのいる町へ



ある年の出来事。


「さんぞっ!サンタはいるんだよな!?」
 ものすごい剣幕で帰ってくるなり、悟空はそう言って三蔵に詰め寄った。
「ああ」といつものようにあっさり答えたかったのだが、悟空のいつもと違う様子がその答えを阻んだ。
「・・・何かあったのか?」
 別に聞きたくも無かったのだが、涙でぐしゃぐしゃの顔が無理矢理言葉を引き出させた。
「みんなが・・サンタはいないって言うんだ。サンタは本当は母さんや父さんなんだって。俺は母さんも父さんもいないから、プレゼント貰えないんだって・・・言われた」
 みんな、とは梺の村の子供達で、悟空は時々一緒に遊んでいるようだ。普段は仲良く遊ぶ友達だが、妙に世間擦れした子供と言うのは、どうしてこうも残酷に無垢な子供の夢を壊してくれるのか。
「・・・で、お前は何で悔しいんだ。悔しくて泣いてんだろ?両親がいない事か?それともプレゼントが貰えないからか?サンタがいないって事か?」
「違う。さんぞーが・・・・」
「俺が?」
「さんぞーがサンタはいるって言ったから、サンタはいるんだって言ったら、みんなさんぞーが俺を悲しませないように嘘ついてるって言うんだ。嘘なんか付いて無いよな、さんぞー」
「お前に嘘付いて俺になんの徳がある」と言ってやりたかったが、ここは敢えてぐっと堪えて、別の言葉を選ぶ事にした。
 一年目の聖誕祭。教えた覚えのない他宗教のじいさんの話を持ち出されて正直焦った。自分は坊主だ。聖誕祭とやらで浮かれた事など一度もない。悟空には「サンタのじいさんはうちとは違う宗派の人間だから、寺には来ないんだよ」と言っておいた。
 二年目の聖誕祭。多少知恵を付けたのか、悟空が自分は無宗教だからサンタさんも来てくれる。と言いやがったので「うちは戸締まりが厳重だから入って来れねえよ」と言った。じゃあ部屋の窓の鍵だけでも開けて置いていいか、と聞くので「馬ー鹿。煙突の無い家には来ないんだよ」と言ったら、がっかりして諦めた。そこで悟空に聖誕祭を教えた子供の家にも煙突なんか無いのだと言う事に気付かない辺りやっぱり馬鹿だ。
 そして今年。質問が大分現実的になり、悟空が多少なりとも成長している事を感じる。そろそろちゃんとした事を話しても、理解出来るようになっただろう。
「あのな、悟空。サンタはすげえじいさんだろ?」
「うん」
「お前だって一日で行って帰ってこれる距離はせいぜい三日月山までなのに、じいさんはそれよりずっとずっとずーっと西からやってくるんだ。いくらターボエンジン搭載のスーパートナカイに乗っているとしても、その走行距離は半端じゃなく老体には堪える筈だ。だから、じいさんは子供達の両親にサンタの依頼をするんだ」
「サンタの・・依頼?」
「そうだ。自分で全部の家を回りきれないから、事前に親に頼む。子供が欲しがっているものをサンタは知ってるから、それを書いた手紙を親に送って自分の代わりに子供にプレゼントを贈って貰うんだ。親は子供が何を欲しがっているのか事前に分かるしサンタはより多くの子供達にプレゼントを贈る事が出来る。合理的だろう?」
「じゃあみんなの母さんや父さんはサンタに頼まれてプレゼントを渡してるんだ!」
「おっと悟空、あまり大きな声で言うな。実はこの話は国家機密でサンタの依頼も子供を大切にする優しい親にしか行かない、いわば隠密同心のようなものだ。だから親も「サンタ心得の条」に書いてある通り、こっそりプレゼントを枕元に置いて行くんだ」
「やっぱりサンタはいるんだ!」
 こっそりと、小さな声で悟空ははしゃいだ。
「隠密か〜会えないのも仕方無いかー。でも一回でいいからサンタさんに会って見たいよなー」
 いつの間にかすっかり泣き止み、わくわくと夢を膨らませている。さっきまでの泣きっ面はもう真っ赤になった鼻が残すばかりだった。
 三蔵は赤っ鼻をピンと弾くと、滅多に見せない顔で言った。
「行くか?サンタの町に」
「西の?」
「そうだ。いつかそのうちサンタに会いに行く為に、旅をするのも悪くない・・だろ?」
「うん♪」
 西へ、西へ、サンタの住む西の町へ。二人で西へ旅をしよう。
 誰かに旅の目的を聞かれたら、どんな笑われても自信の笑顔で答えよう。
「これからサンタに会いに行くのだ」と。
 だって本当にサンタはいるのだから。
 三蔵の見せてくれた、滅多に見せない顔の筋肉が引きつったような不器用な笑顔は、悟空が一番欲しかったものだったから・・・。


そして現在。


「今日は記録的な寒さだそうですよ。全然防寒具なんて用意してませんでしたから、明日は何処かで服を買わないと」
 買い出しから帰ってきた八戒が息を弾ませそう言った。外は本当に寒かったらしく、色白の肌がほんのり赤く染まっている。
「雪降るかな?」
 この辺りの地方で雪が降る事はほとんど無いが、悟空は窓際に移動して空を見上げた。
「悟空は雪を見た事あるんですか?」
「うん。三蔵に拾われて最初の頃にいた寺院は北の方ばっかだったから、冬は必ず雪が降ってた。俺、それまであんな寒い所にいた事無かったから、最初の年は馴れるまですごく大変だったんだ」
「こいつが役に立つのも、雪掻きの時位だったけどな」
 新聞に目を向けながら、しっかり三蔵がつっこみを入れる。ひでぇ、と言う悟空の声と八戒の笑い声が重なった。
「あ」
「あ」
「ん?」
 コーヒーを点てていた八戒がサーバーを持ったまま窓際に近づいて来た。
「雪ですね・・・」
「やっりぃ!さんぞっ、雪降ってるぜ!」
「見りゃ分かる。八戒、コーヒー」
「はいはい」
 煎れ立てののコーヒーが香る。ふと八戒は、その時になって漸く三蔵の読んでいる新聞の日付に気が付いた。
「そう言えば今日はクリスマスイブだったんですね・・・」
「あ、そっか」
 忙しない日々の連続で、日付の感覚などとうの昔に無くなっていた。唯一しっかりしているのは毎日欠かさず新聞に目を通している三蔵だろうけれど、彼はお祭り事には特に興味を示さない。
 八戒はカフェオレを2つ作ると、悟空に一つ手渡して隣に座った。
「雪が降ったのはサンタさんからのプレゼントかもしれませんね。悟空が見たいと思ったから」
「俺いい子だからな!」
「本当にいい子は自分でいい子とか言わないんですよv」
「う」
 暖かいカフェオレを口に含む。ちらほら舞い落ちる雪はとても優しくて、カフェオレの様に甘くて暖かい。だが積もりはしないだろう。明日はきっと冬晴れで、又いつもの旅が続けられる。
「悟空」
 三蔵が新聞をたたんで机に置いた。
「お前、この旅が終わったらどうする?」
「どうするって・・・三蔵がいいって言うなら、三蔵の行く所に行くよ」
「じゃ、せっかく西に向かってるんだ。この旅が終わったらいっそのこと、もっともっと西まで行ってみるか?」
「あ!サンタの町!!」
 いつかの年に交わした約束。いつかそのうちサンタに会う為に、二人で西へ行こうと約束した。
「なんの話ですか?」
「あのさ、ここからずーっとずーっと西に行った所に、サンタの住んでる町があるんだ。俺と三蔵、いつかサンタに会いに行こうって約束したんだ」
「面白そうですね、僕も一緒に行こうかなあ」
「八戒なら大歓迎!」
「河童はいらねぇぞ。役に立たねぇからな」
「悟浄がいたらサンタさん会ってくれないかもしれませんしねぇ。今頃何処で暖を取ってるのやら」
「お姉ちゃんの膝の上!」
 暖かい部屋の中。外には部屋から明かりと笑い声が漏れている。
 天からはサンタの贈り物。子供にも大人にも犯罪者にも、誰の上にも等しく舞い降りる。
 それは窓の外で入るタイミングを狙っている、真っ赤な服に身を包んだ悟浄の上にも、降り注いでいた。

I wish you a merry Christmas...





あとがき
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、サンタさんはラップランドのロヴァニエミと言う遠い北の国に住んでいます。当然日本からはメッチャ遠いです。しかも、仏教徒の多い、煙突・暖炉の少ない日本はサンタ的にはちと辛い地域です。つーか、基本的にアジアは宗教的な問題から、サンタクロース本人の管轄外地域と見なされているようです。その為我が日本国では、絶滅保護種に指定されている「良い子」の為に、サンタクロース協会より委任状の配布が認められました。これにより今まで以上に「良い子」へのプレゼント配布が円滑に行われるようになりました。
ちなみに栃木県の「フィンランドの森」や山梨県の「雑貨屋サンタクロースの森」からサンタさんへ手紙を送ったり貰ったり出来るようです。
日本は世界中でも珍しい宗教の乱れている国です。節操無しのようにしか聞こえませんが、世界各国の宗教がらみのお祭りは楽しければ何でも取り入れられる所は利点だと思います。サンタクロースも年々日本にも目を向けてくれるようになりました。ご自分のお子様には今までの日本人が言っていた「サンタはいない」と言う間違った言葉では無く、「サンタさんはラップランドに住んでいる」と言う真実を、是非とも伝えてあげて下さい。    

佐喜幹久 拝。



参考文献 日本サンタクロース研究会発表論文より
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