恋を召しませ


「友雅」
 よく聞き慣れた、ぶっきらぼうな声に振り返る。
 腕の中に捕まえていた美しい花は、「きゃあ」と小さな声を上げると、それでもしずしずと音を立てないように走り去って行った。
「どうしたんだい、泰明殿。相変わらず無粋だね」
 そう言ったものの、振り向いた先に逃げてしまった花と変わらぬ美しい花一輪(しかも大変珍しい種の)を見た橘の少将殿は、決して悪い気はしていなかった。
「別に用は無い。そこの角に行くのでどいて欲しかっただけだ」
 すっと指差す方向には、暗明博士殿がよく利用する、書簡の保管所があった。
「ああ、そう。それは道を塞いでしまって悪かったねえ」
 何だ。自分に用があるのでは無かったのか。
 友雅は心の中でひっそり呟く。これでは花に逃げられてしまった代償をもらわねば割に合わぬ、と。
「失礼する」
「お急ぎかい?」
「別に」
 そう言いながら袂を翻そうとした泰明の右手首をしっかと掴む。
「ならばほんの少しだけ、お付き合い願いたいね」
 ぐいと手首事引き寄せると、手慣れたように口付けた。
 今まで数多くの浮き名を流してきたものの、男相手と言うのは流石に初めてであったが、この女人のように綺麗で整った、人形のような顔立ちの男に接吻するのは、大変興味が湧いた。
 相手の反応がとても気に掛かる。
 唇を合わせたままそっと目を開けると、左右異なった色の瞳が己を凝視していた。
「・・・・や・・・泰明・・・殿・・・・・?」
 驚いて、思わず後ずさる。
 驚かそうとしたのに、自分が驚かされてしまった。
「友雅」
 泰明の手が友雅の襟を掴み取る。
 殴られる、と思ったが、
「誰にでもこんな事をするのか?」
意外な答えが返ってきた。
「だ・・・・・誰にでも?」
「そうだ。さっきもしていただろう?」
 どうやらしっかり見られていたらしい。
「誰にでも、と言うわけでは無いよ。私が興味を引かれるような美しい花・・・基、者に対する挨拶のようなものだね」
「挨拶?」
 小首を傾げる。泰明には先刻自分にされた行為よりも、その行為を軽々しく与える友雅の行動が不思議に思えてならなかった。
「違う、友雅。これは愛情表現の一つだと、お師匠は言っていた」
「正論だね」
 くすりと笑う。
「でもね、泰明殿。これには色々と使い分けがあってね。暖かい頬やおでこのものは親子の情、胸が高鳴り色々な箇所にしてみたい、又は実際にしてみるものが恋愛の情、只挨拶の代わりににするものは、単なる親しみの情と言うものだよ」
「では鼓動が早くなったり、胸の辺りが苦しくなったりはしないのか?」
「恋愛事ならなるだろうがね。挨拶するだけでそうはならないだろう?」
「挨拶・・・・・」
 しばし、泰明が物思いに耽る。友雅は、妙な会話だな、と感じた。
 まるで小さな子供と会話しているような。
 そう言えば、安倍泰明と言う人間は、突然この内裏に現れた。不出生と唄われた暗明師、安倍晴明が手塩にかけて育てた愛弟子だと。
 それほどの人物ならば良きにしろ悪しきにしろ、どこかで名を耳にしそうなものだったが。
 おそらく、赤子の頃より安倍家で育てられ、正に目にするもの耳に聞くもの全て初めは彼の言うお師匠から、と言う生活を送ってきたのであろう、と友雅は勝手に推測する。
 ならば見た目はどうであれ、今目前に立つ青年は、最近やっと「お師匠」以外の世界に興味を持ち始めた子供に過ぎないのだった。
「友雅。遊戯をしよう」
「・・・は?」
「仕事をそれなりに息抜き中で暇なのだろう。対して時間はとらせない」
「・・・・・・・・」
 ころころと話題を変えてくる。それとも、これが話の続きなのだろうか。
 突然そんな事を言われては、一体どんな遊びをするのか、とても気になるではないか。
「良いよ。暇じゃ無いけど暇だから、付き合ってあげよう」
 興味9割、友雅はあっさり承諾した。
「で、どんな遊びだい?」
「・・・・手を使わずに、口だけ使って相手の口を開かせるのだ。交互にやって口を開く、又は開かせる事が出来なかった者の負けだ」
「・・・・初めて聞く遊びだ。だが、とても面白い」
「お前が先攻だ。私が先にやるとすぐに勝負がついてしまうからな」
「・・・言ってくれるねえ・・・」
 友雅は手を伸ばすと、泰明の頬に両手を添えた。
「唇以外には手で触れても良いのかな?」
「構わぬ」
「そうだ、どうせなら何か賭けないか」
「・・・・・・?」
 友雅が悪戯っぽく笑う。
「勝った方は何か欲しいものを一つだけ要求できる。負けた方は絶対にその要求にこたえる。・・・と言うのは?」
「良かろう」
 すんなりと承諾するのは自信の現れだ。先ほどの会話からして、絶対に経験豊富と言う訳ではなさそうなのに。
 友雅はその自信が何を根拠にして現れるのか、不思議に思った。
「どうした?」
「ん?・・・ああ、いや。中断して悪かったね。始めようか・・・」
 両頬を捕らえたまま引き寄せて、まずはそっと口付ける。
 泰明の瞳は、今度は閉じられていた。
 下唇と上唇をついばむように挟み込み、舌を差し出しては泰明の口を開こうとする。
 それでも泰明は、瞳も唇も閉ざしたまま、ぴくりとも動かない。
 閉ざされた唇に噛みつく自分をふと冷静に見直して、友雅はどきりとした。
 まるで泰明を、食べようとしているようだ、と。
 思わず動きが止まる。少しして、泰明の目がパチリと開いた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こうさん・・・・」
 突然、泰明がにっこり笑った。
「では私の番だな」
 今度は逆に泰明の手が友雅の頬を包み込む。
 そのまま引き寄せて、後少しで唇が触れ合う所でぴたりと止めた。
 泰明が、じっと友雅を見つめる。
 吸い込まれそうな異色の眼に、友雅は思わず目をそらした。
「私の目をよく見ろ、友雅・・・」
 言われ、恐る恐るそらした視線を引き戻す。
 長い沈黙。
 そう、友雅には長く感じた。
 実際にはそれ程長い時間では無かったのだが、きつい深緑と琥珀の瞳に魅入られた友雅には、それがとても長く感じられた。
 ふと、泰明が微笑む。
 短い沈黙を破り、言葉を紡いだ。
「好きだ、友雅。心の底から・・・」
 友雅はどきりとした。そして、続けざまに沸き上がってくる心臓の高鳴りを聞いた。
 それは押さえようと思ってもちっともおさまらず、友雅の顔を朱に染める。
 驚いた。
 泰明の急な言葉もそうだが、それ以上に自分の心の変化に。
 たとえ遊戯の上での言葉遊びだとしても、自分は明らかに喜んでいるのだ。
 でなければ、この高鳴りは説明が付きそうもない。
 今まで、今更。挨拶のように流してきた台詞なのに。
「愛してる・・・・・お前は・・・?・・・友雅・・・」
 瞳に憂いが帯びる。
 遊びの事などとうに忘れ、友雅は返事を返した。
「私も愛して」
 その言葉は泰明に塞がれて、最後まで紡がれなかった。
 泰明の舌が友雅の唇を割って入り、口内に差し込まれる。友雅もそれに受け答え、深い口付けが交わされた。
 それはそのまま続くかと思われたが、意外なほどあっさりと泰明は唇を放した。
 そして、にやりと笑ってこう告げた。
「お前の負けだ。友雅」
 一瞬、友雅は呆気にとられてしまう。そしてはたと気が付いた。
「・・・ああ、そうか。賭をしていたんだったね・・・・・・」
 急に気持ちが冷めて行くのがわかる。゛賭゛と言う言葉が、友雅の心に酷く空しく響いた。
 それでも友雅は取り繕うように笑う。
「負けるとは思わなかった。すごいね、君は」
 友雅が意味の無い言葉を吐いてると、泰明が友雅の胸の辺りにそっと手を置いた。
「ここが、どきどきしたか?」
 何を今更。所詮遊びの中での台詞だろうに。
「・・・・それがどうかしたのかい?」
「大切な事だ」
 泰明の目は相変わらず真っ直ぐに友雅を見つめている。
 友雅はその瞳の純粋さに、大事な事を思い出した。
 純粋な子供に、人を欺く事やからかう事なんてきっと出来はしない、と。
 思いなおして、心からの気持ちを告げた。
「・・・ああ、したよ。すごくどきどきした。・・・あんな気持ちはもう忘れかけていたよ・・・」
「なんだ、忘れていたのか。ならば仕方無い」
「は・・・?」
 言葉の意味がわからず聞き返す。
「言っただろう?これは愛情表現だと。初めお前はこれを挨拶だと言ってただ私の口を開かせようとした。だが失敗して、次に私がやった時は成功した。何故か考えたか?」
 友雅が首を横に振る。
「私はお前に心を開いて、正直な気持ちを伝えた。それがお前にも伝わったから、お前も今すぐ私に答えなければと、賭の事など気にせずに言葉を口にしたのだ。・・・私がただ挨拶をしただけなら、お前はのって来なかっただろう。だが心の底から沸き上がる気持ちを言葉にせず閉じこめておく事が出来ないように、それを告げられた者も又、それをほおっておく事など決して出来ないものだ。お前は、これの使い方を間違えていたから、負けたのだ」
 泰明の人差し指が、すっと唇をなぞりあげた。
「正論だ」
 今度は頬に、軽く触れるだけの接吻をする。
「すごいよ。君の言う通り、確かにこれは愛情表現だ」
「違う。私では無くお師匠が言ったのだ。だが、聞いたときにはよくわからなかったが、本当にどきどきするものなのだな」
 そう言って、今度は自分の胸の辺りに手を置いた。
 相変わらずの無表情なのに、その仕草がなんだか可愛らしくて。
 友雅は思わずぎゅっと抱きついた。
「やっぱりすごいのは君だよ!私にどきどきを思い出させただけでは無く、恋をさせてしまうなんて!」
 そのまま仕事に戻らねばならない泰明を強引に押さえつけて、呆れる顔に接吻の雨を降らせた。


「・・・・・そろそろ仕事に戻らねばならん・・・」
 心なしか、無表情の中に殺意が感じられ、友雅は名残惜しげに花を手放した。
「仕事熱心だねえ・・・折角両思いになった時位、さぼったっていいじゃないか」
「心配しなくても何れは又会う。お前は私に借りがある」
 そう言って、すたすたと保管所に向かって歩き出しす。
「そうだ。賭の景品は何をご所望で?」
「次に会うときまでに考えておく」
 そのまま振り返りもせず、俊足で保管所の中へ入って行った。
「・・・つれないねえ・・・・・いや、実は急いでたのに相手にされる程、愛されてたのかな?・・・・今まで気付かなかったとは迂闊・・・」
 対して時間は経過していないのに、色々な変化があったせいか何だが随分時間が経ったような気がする。
 流れる風もほんの少し、太陽の傾きと共に冷えた気がした。
「・・・さてと、私もそろそろ戻るか」
 遠くの方でたくさんの花達の艶やかな声が聞こえる。
 色々変化したらしいが、まあ根本的に何が変わった訳でも無く、自然と声の大きくなる方に足が向いた。
「・・・・とんでもないもの、要求されたらどうしよう・・・・・」
 何せ相手は一筋縄ではいかないお子様だ。
 呟きは風に消された。


終。



すいません・・・くっだら無いものを書いたって感じ。当初の目的は「友泰で友雅リードの話はよく見るけど逆は見た事無いから書いてみよう」だったんですが。玉砕。さよなら。
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