五歳の約束


 なだらかに広がる草原。夏の息吹を身に受けて、淡い蓮華草の絨毯が敷き詰められる。
 そこは公主お気に入りの場所のひとつだった。
 彼女は花を踏み潰してしまわないように、それでも地に足をつけて歩いていたが、時々気を抜くとふわりふわりと足が浮いてしまうのだ。
 おぼつかない足取りの彼女を心配して、いつも彼女の手をしっかりと握ってくれている支えが無ければ何度転んでいたか知れない。
 今日は公主の5歳の誕生日だった。
 宮殿にはいつもよりたくさんの花が飾られ、仙界中から公主宛てに贈り物が届けられる。公主は早くその中身を見てみたかったけれど、とりあえずそれは後にして外に出た。大人達は皆祝宴の準備で忙しそうだったし、散歩は公主の日課であり何より大好きな事のひとつだったから。
 公主は自分の左手の方を見た。自分の小さな手が力強い大きな手にすっぽりと包まれていて見えない。そのまま目線を上げて顔を覗き込もうと思ったが、下を見ていないとすぐに足が縺れそうになり再び腕を引っ張られた。
「この辺りで休みましょうか、公主」
 そう言うと彼はいつも胡座をかいて座り、ひざの上に公主を座らせてくれる。草の汁などで公主の着物が汚れないように、また天帝の娘である公主が命あるものを踏み潰してしまったりしないようにとの、彼なりの配慮であった。
 大好きな特等席に座り公主は辺りを見回す。いつの間にか随分と歩いていたらしい。2人は見渡す限り広がる蓮華草の真ん中に座っていた。そのまま公主は首を巡らせて空を見上げる。晴れ渡る蒼天の中にくっきりと紺青の兜が目立つ。
 公主は大人達の密やかな囁きを思い出した。文武両道に秀でしかも容姿端麗、稀代の天才だと褒めそやしながらも彼の実直すぎる言葉に眉を顰め、その強さを危険だと言い、精悍な容姿は頑なな心の現れだと妬む声を。
 幼いながらも彼女はその言葉を理解していたが、そんな事は彼女にはどうでもよかった。天帝の娘である彼女に取り入っているのだと言う心ない大人達の噂話も、彼女にとってはどうでもよい事だったのだ。
 たとえ噂が本当でもそれで彼が自分のそばにいてくれれば公主は幸せだったし、彼がそんな打算的な事をする人じゃ無い事も公主はよく知っていた。
 彼の顔を覗き込む。大人達がきつく鋭いと言っていた目が緩やかに和らぐ。他の人達は知らない、自分だけが知っているこの微笑みが、幼い公主にはなんだか誇らしかった。
「ねえ、楊セン様。どうして誕生日にお祝いするの?」
 公主はわからない事があると何でも楊センに聞いてきた。彼はとても物知りで公主の知らない事をたくさん教えてくれたし、他の大人達のようにごまかしたりはしないから。
「公主はお祝いされるのは嫌ですか?」
「そうじゃ無いけど、どうしてかなって思って」
「誕生日はその子がこの世に生を受けた大切な日、その時の喜びとその子の成長を称えてお祝いするんですよ」
 実の所、この仙人界では娯楽が乏しく、公主が誕生した時は滅多に無い祝い事と言うことで仙人界全体がお祭り騒ぎになった。それが地味に暮らしていた仙道達の一時的なストレス解消になったらしく、それ以来年に一度は公主の誕生日に託けて騒ぐ癖がついてしまったのであるが、自分の言葉も別に嘘では無かったので楊センは余計な事は言わなかった。
「楊セン様も私が成長すると嬉しいの?」
「そうですね。小さかった公主が健やかに成長されるのは嬉しいですし、それに公主は今でもこんなに可愛らしいから、きっと大きくなったらお母上に負けない位の美人になりますよ」
「じゃあ、大きくなって美人になったら、楊セン様のお嫁さんにしてくれる?」
 笑いながら公主が問いかける。楊センは一瞬返答に詰まったが、こう答えた。
「いいですよ。公主が大人になっても私の事を好きでいてくれたら」
 彼は子供の戯れ言だと思ったのだ。これから先、彼女が変わる事無く純粋なまま生き続ける事を、楊センは予測出来なかったのだ。
「絶対約束よ、楊セン様」
「はい、公主。・・・風が出てきましたね、そろそろ宮殿に戻りましょうか」
 膝に乗せていた公主を一端降ろして立ち上がると、今度は左肩に乗せて帰路につく。いつも行きは公主が自分と並んで歩きたがるのでそうさせているが、帰りは肩車が習慣になっていた。
 自分の首にしがみつく子供を支えながら、いつまで肩車が出来るだろうかと何となく考える。子供の成長は早い。あっと言う間に大きくなって、とびきりの美人になって、いつか好きな人が出来たとか相談されたりして、まるで娘を嫁に出す父親の心境になってしまったらどうしようか、などと飛躍した事まで考えてしまい思わずくすりと笑みが漏れた。
「どうかしたの?楊セン様」
「いいえ、何も。帰ったら贈り物を開けましょうね」
「はい♪」
 行きよりも早い足取りで一度通った跡を辿る。
 竜吉公主5歳の誕生日。
 これより彼女は約束通り、彼を好きであり続ける。
 2人の約束事の証人となった蓮華草達は、彼が約束を違えぬよう、今年も盛大に仙界の草原で咲き続けているらしい。


終。



楊センのセンが漢字で出ないんですよー!ワープロの時は出してたのにー!!・・・ふう。さて、とりあえず落ち着いて。パラレルです。楊センが大人です。幼少時代の初恋を貫き通す・・・!・・たまりませんね。しかも、初めは言われた方は本気にして無い。でも少女がいつの間にか女性になって、結局は気が付いたら自分も本気になっていて、恋に落とされていた・・・と言うベッタベタ王道パターンが私的に超ツボ!!このゲームはそれはもうこの2人の関係に夢見まくりました。だって、楊センってば絶対に公主の事が好きじゃないですか。奴は公主が天帝の娘だと言うことに拘り、身分違いだと思って自分の気持ちを隠しているだけなのです。そんなの純粋培養の公主にはばればれですよ!・・・実はこれを書いた当初、割と佐喜の回りにはゲームの公主が嫌い、と言う人が多かったのですが、この小説を読んで好きになったと言ってくれた方が数人いらして、とても嬉しかったです。
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