マリア 聖母の名を持つ貴女へ 「いけない・・・私ったら・・・」 目を軽く擦り、ふうと溜息をつく。 うたた寝をしていたようだ。 机に広げていたプリント用紙に、所々しわがよっていた。 「これ位で疲れるなんて、もう年かしら?・・・やあねえ・・・」 そこまで言った所で、「30年前とは違うんだもの。当たり前ね」と付け加えた。 「よー、マリア」 「ジョージ!」 ジョージと呼ばれた男性は、白髪混じりの髭っ面でにやりと笑うと、正面のチェストに腰掛けた。 フルネームはジョルジオ・ハンプティ。でもジョルジオじゃ言いにくいので、ジョージ。 「それ、ニイハオのだろ?」 アルファベットと数字の配列が、気の遠くなる程に立ち並ぶプリント用紙を指さす。 「そうよ」 マリアはそれを見落としの無いように、入念にチェックしていた。 この膨大な量の情報の中から、細かいプログラムのバグや破損を見つけだすのだ。 膨大と言っても、『ニイハオ』を構成しているプログラムのほんの一部であり、又プロフェッショナル達にとっても、゛ほんの一部゛の量でしか無かったが。 「マリア・・・お前さん、ちゃんと食べて寝てるのか?目の下に隈が出来てるし、ラボの受付の姉ちゃんが『Dr.マリアが研究室にこもりっきりで出てこない』って、ぼやいてたぜ?」 見た目のキャラクターによく似合う、大きなジェスチャーを交えて話す。 「ジョージ。子供の健康を願わない親はいないでしょ?・・・私はただ、早くニイハオに元気になってもらいたいだけ」 「マリア」 ドン!と、ちょうどマリアが目で追っていた辺りを隠すように、大きな手を広げて机を叩いた。 「だからって自分が倒れちまったら、どうしようも無いだろ?それに、お前さんが自分の健康を害してまでニイハオを早く治したって、ニイハオは喜ばないぜ」 「ジョージ・・・」 「それに」 人差し指を立てると、チッチッチッ、と3回横に振る。 「ガリガリに痩せちまったらニイハオが目覚めた時、誰がお母さんかわからなくなるだろ?」 互いに目を見合わせる。 暫しの沈黙。それから、 「アハハハハ!そうね、わかったわよ、ジョージ。ちゃんと食べて寝るわ。ニイハオが心配しないように!」 「そうそう、やっぱ笑ってなきゃマリアらしく無いぜ」 2人でひとしきり大笑いし続ける。涙が滲むほど笑いながら、マリアは実に久しぶりに笑ったことに気が付いた。 ついこの間までは、毎日笑って過ごしていたのに。 「・・・ねえ、ジョージ。初めてニイハオが可動した時に、私が最初にニイハオに言った言葉を覚えてる?」 「ん?ああ。言葉は覚えてるぞ。意味はわからなかったけどな」 ガサガサとプリント用紙を片付けながら、 「ニイハオの、名前の国の挨拶なのよ・・・」 ポツリと呟く。 そして、すっくと立ち上がった。 「じゃ、私一度寝るわ。ありがとね、ジョージ」 「起きたら一緒に飯でも食おうぜ」 ひらひらと手を振る。 くるりと背を向けると、仮眠室に向かって歩き出した。 いつも並んで歩いていた、隣の静けさにふと気付いてしまい、自分を励ますように独り言を言う。 「そうね、もう一度。笑ってあの子に言ってあげればいいんだわ。・・・・・・ 『早阿、ニイハオ』って!」 終。 ニイハオのあの事件が起こった時に急遽発行した無料配布本から抜粋しました。こちらは事件後のマリアの話、同時収録の漫画の方は事件後のニイハオサイドの話を書きました。その本を発行した当初はワープロで作業していた為、ニイハオも漢字で書かれていたのですが、パソコンは出ない。加工はウェブ上だと文字化けしやすい。中国漢字って無いんですねー・・・。最後のマリアがニイハオに言ったセリフの漢字も本当は違います!正しい漢字と言葉の意味は漫画に小さく掲載しました。(サイト改装後漫画消去) |
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