控えめな甘さ


今日は朝早くから、台所でがちゃがちゃと何かやっている音が聞こえた。
いや、台所から音がするのはいつもの事なのだが。
いつもの包丁の音ではなく、ガチャガチャと器具の音。それから、甘い匂い。
「おはよう、グレミオ」
「あ、おはようございます、ぼっちゃん。今スープを温めますね」
慌てて、抱えていたボールから手を離す。それでもソレがえらく大切らしく、スープを温めたり皿を用意したりしている間も、しきりにボールの中のモノを掻き回していた。
「チョコ?」
「そうですよ。今日はバレンタインだから。ちゃんと坊っちゃんの分もありますからね」
「ふーん」
なんだか意外だな、と思った。昨年まではバレンタインは自分には関係無いから、とグレミオは言っていた筈なのに。
「誰にあげるんだ?」
「テオ様と坊っちゃんとクレオさんとパーンさんです」
「・・・クレオは女の人だから、グレミオが貰う方じゃ無いのか?」
「最近はそう言うの関係ないんですって。好きな人にあげるって言うのも、恋人とか片思いの相手だけにじゃなくて、友人とか家族とか、仕事の上司や同僚に敬愛としてあげてもいいんだって、クレオさんが言ってました。だから今年は私があげてもいいかな?って」
「ふーん・・・」
グレミオらしい発想の転換だと思う。思えばお祭り行事好きのグレミオの事、今までだって本当はバレンタインに参加してみたかったに違いない。女性が男性に・・・と言うくだりを全く無視している辺り、とても彼らしい。
「それに、クレオさんも坊っちゃんとテオ様には用意してるみたいですよ。昨日一緒に材料を買いに行った時に、いくつか買ってましたから」
「へぇ・・・」
どうにもやる気の無さそうな返事をしてしまう。なんだか気分がもやもやしていた。
チョコのせいで朝食の準備が遅れているから?それとも甘い匂いのせい?
バタバタと忙しなくボールと朝食の準備を行ったり来たりしているグレミオを見ながら、「手伝うよ」と簡単な一言が切り出せない自分に、少しずつ苛つき始めた時だった。
「すみません、坊っちゃん。バタバタしちゃって。チョコは一度溶かしてしまうと温度に気を付けなくちゃいけないから」
「いや、かまわないよ」
「所で坊っちゃんは、ブラックチョコとミルクチョコとホワイトチョコのどれが一番好きですか?」
「え?」
「今作ってるやつは試験的に作ってるパーンさん用のやつなんです。何たってチョコ作りは初めてですからね。これが成功したら、坊っちゃんの好きなチョコをたくさん使って、本番のチョコを作りますから」
グレミオが笑う。いつもの柔らかな笑顔ではなく、たまに見せるちょっと含んだような顔。
パーンも可哀想に。グレミオが新作の料理を作る時は、いつも彼が実験台なのだ。
それでもグレミオは失敗なぞ滅多に無いのだが。
本番用のチョコは自分の好きなチョコになるらしい。父の好きなチョコでも、クレオの好きなチョコでも無く、自分の好きなチョコ。
なんだかもやもやしていた気分が、少しだけすっきりしたような気がした。
「うーん・・・どうしようかなぁ・・・」
「なんでもいいですよ。材料は余分に買ってありますし」
何となく、グレミオの隣に並ぶ。ボールの中の溶けたチョコは、店で見かけるものより真っ黒だった。
「黒い」
「ブラックですから。この方が後でミルクで甘さを調節出来るんですよ。良かったら味見してみます?」
「うーん・・・」
ふと、その時グレミオの頬に付いているチョコが目に飛び込んできた。掻き回している最中にでも飛んでしまったのだろう。
きっと自分は、さっきグレミオが見せたような含んだ笑い顔をしながら、頬に付いたチョコを舌で舐め取った。
「ぼ・・・坊っちゃん!?」
「チョコ、これ位の甘さでいいよ」
ハッとしながらグレミオは自分の頬に手を触れる。そして、一泊置いて自分の頬にチョコが付いていたのだと気が付いた。よく見ると、エプロンにも指先にも、チョコが点々と付いていたから。
「あ・・・は、はい・・・ブラックですね・・・・」
「うん」
目を合わせる。
グレミオが、ちょっと困ったような顔で、優しく笑った。
俺は、相変わらず含み笑いのままだった。


その後。
朝食準備で僅かに目を離した隙に、チョコが分離したとグレミオが叫んでいた。
よく分からないがそのせいだろうか、夜に貰った俺のチョコは綺麗だったのに、ちらりと見たパーンのチョコには、なんだか白っぽい模様が付いていた。それでもパーンはおいしいと言って食べていたが。
まあチョコなんて元々溶けるもの。多少変な事になっても、対して味は変わらないものなんだろう。







苦し紛れ。昔々の坊とグレ。クレオさんはちゃんとグレにもパーンさんにもチョコ買いましたよ。つか、・・・これ書いたの2月15日でした(死)何も考えずに書いてて途中で坊っちゃんの名前が一回も出てない事に気付き、どうせなら最後まで出さないでおこうと思ったせいで、所々変な言い回しに・・・(苦笑) ほっぺに付いたチョコを舐める坊っちゃんが書きたかっただけさ!へん!(開き直り) 坊っちゃーん、チョコの温度は大切なのよー。
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